No.85

それはたやすいことではない。それには犠牲が必要となる。しかしそれは実行可能である。犠牲のためではなく、われわれのために犠牲が払われ、適切にそれは実行されるだろう。われわれは、わが国を家族が子供たちを養うように養わねばならない。

われわれの国の創立者たちは、自身を後世の目を通してみていた。われわれも同じ行動をとることができる。眠りにまどろむ子供のまなこを見たことがある人ならだれでも、後世の目がどのようなものかは知っているだろう。後世の目は来るべき世界であり、われわれがそのためにわれわれの理想を持ちつづける世界であり、われわれの地球を借りている世界であり、われわれが果たすべき責任を負うべき世界である。

われわれはアメリカがベストをつくすことをすべきである。全ての人により多くの機会をあたえ、全ての人に責任を求めよう。

われわれは、政府やお互いに何も提供せずに何かを求める悪い習慣を改める時だ。もっと自分自身や家族だけではなく、コミュニティやわれわれの国に責任をもとうではないか。

アメリカを再生させるために、われわれは民主主義に新しい息吹をふきこまなければならない。

文明の夜明けからのありとあらゆる首都と同様に、この美しい首都はしばしば陰謀と策略のうずまく場所だったりした。権力をもった人々が地位をあやつり、際限なく誰にこの地位を与え、誰から剥奪するか、誰を昇進させ、誰を降格するかで気をもんでいる。それも、その血と汗でわれわれをここに送り込み、自活している人々のことを忘れてである。

 


< back = next >

Link
mobile