No.86

 「だれか敵に追われておるのであろうよ、まちがいなく。森は敵だらけじゃからの」と王さまはあたりを見まわしすらせずに申します。

 「でも、走ってって助けてあげないんですか?」アリスは王さまがずいぶんと落ち着きはらっているので、とってもびっくりしてしまいました。

 「無駄、無駄! あいつはこわいぐらいに速く走りよるからの。犯駄酢那智(ばんだすなっち)でも捕まえようとしたほうがマシなくらいじゃ! でもお望みなら、あいつについて、メモはとっておいてやろう――あやつは実に善良な生き物じゃからの」とメモ帳を開きながら、王さまは優しくつぶやきました。「生き物の『物』は、手へんじゃったかの?」

 このとき一角獣(ユニコーン)が、両手をポケットにつっこんで、一同のところへぬっと顔を出しました。「今回はおれが上わ手だったろ?」と、通りすがりに王さまをちらっと見ながら申します。

 「まあまあってとこじゃな――まあまあ」と王さまは、かなり心配そうに申しました。「おぬし、その角で突き通すのはあまりよろしくないぞ」

 「向こうだってけがはしてねーよ」と一角獣(ユニコーン)はどうでもよさげに申しました。そして通り過ぎようとしたとき、ふとアリスに目が止まりました。一角獣(ユニコーン)はすぐさま立ち止まり、しばらくつっ立ってアリスを見つめ、気持ち悪くてたまらないよ、とでも言いたげでした。

 「な、なんだ、こりゃいったい?」一角獣(ユニコーン)はやっとのことで言いました。

 「こいつぁ子どもだ!」ヘイヤはうれしそうに答えて、アリスの前に出て紹介しつつ、アングロサクソン的ふるまいで、アリスのほうに両手をひろげて見せました。「きょう見つけたばっかだよ。等身大で、二倍も天然自然!」

 「空想上の怪物だとばかり思ってたのに! 生きてるの?」と一角獣(ユニコーン)。

 「しゃべれますぜ」とヘイヤは荘厳に申します。

 


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