No.84

 「もし、よ、よろしければ」とアリスは、もうちょっと走ってからやっとのことで、ぜいぜいと申します。「一分かそこら、休ませていただけませんか――せめて――また息がつけるまで」

 「よろしいかと言われれば、わしとしては よろしくは あるがな、でも実際にやるほどの力はないぞ。一分、というのはとんでもない勢いで進んでおるものでな。それを休ませようとするのは、犯駄酢那智(ばんだすなっち)を休ませようとするようなもんじゃ!」

 アリスは息が切れて、それ以上しゃべれませんでしたので、一行はだまってかけって行きました。やがて大群衆が見えてきて、そのまん中でライオンと一角獣(ユニコーン)がけんかをしていました。すごくほこりが舞い上がっていて、アリスは最初、どっちがどっちか見分けがつきませんでした。でもじきに、角で一角獣(ユニコーン)が見分けられるようになりました。

 一行はもう一人の伝令ボウシャに近づきました。ボウシャはけんかを見物しつつ、片手にお茶わんと、もう片手にはバタつきパンを持っています。

 ヘイヤがアリスにささやきました。「こいつは牢屋から出てきたばっかで、ぶちこまれた時にはまだお茶をすませてなかったんよ。それで牢屋では、カキの貝殻しか食わせないんだぜ――だからこいつ、すっごくおなかがすいて、のどがかわいてるの。坊や、元気でやっとるかね」とヘイヤは、ボウシャの首に愛情込めてうでを巻きつけます。

 ボウシャはあたりを見まわしてうなずき、バタつきパンを食べ続けます。

 「坊や、牢屋では幸せだった?」とヘイヤ。

 ボウシャはもう一回あたりを見まわすと、こんどは涙が一、二滴、ほっぺたをながれました。でも、一言もしゃべりません。

[イラスト: ボウシャはお茶をのむばかり]

 


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