No.62

 女王さまは、あわれむような声で言います。「信じられない、ですって? もう一回やってごらんなさいな。はい、まず深呼吸して目を閉じて」

 アリスは笑いました。「やるだけ無駄です。ありえないことは、信じろと言われても無理ですもん」

 「言いたくはございませんが、どうも練習が十分でないごようすですわね。わたくしがあなたくらいの歳には、毎日三十分必ず練習したものでございますよ。ときには、朝飯前にありえないことを六つも信じたくらい。あら、ショールがまた風に飛ばされた!」

 そう言う間にブローチがはずれて、突風がふいて、女王さまのショールを小川の向こうに吹き飛ばしました。女王さまはまたうでをひろげて、ショールを追いかけて飛んでいき、こんどは自分でショールをうまいことつかまえました。「つかまえた!」と女王さまは勝ち誇ったように申します。「さあ見てなさい、こんどは自分一人できちんとピン留めしてみますからね!」

 「まあ、そしたら指はもうよくなったんですか?」とアリスは、女王さまを追いかけて小川を渡りながら礼儀正しく申しました。

*     *     *     *     *     *

 

 「ああ、ずっといいみたいですわね。ねええ!」と女王さまは叫びましたが、声はだんだんキイキイ声になってきます。「いいみたいですわねええええ! メエエエエ!」最後の一言は実に長くのびて、すごくヒツジっぽくて、アリスはすごくびっくりしてしまいました。

 女王さまを見てみると、なにやらいきなりウールにくるまってしまったようです。アリスは目をこすってもう一度見直しました。なにが起きたのか、まるっきりわかりませんでした。これはお店の中にいるのかしら? そしてアレは本当に――カウンターの向こうにすわっているアレは、本当に ヒツジ でしょうか? いくら目をこすってみても、それ以上のことはまるでわかりません。アリスは小さな暗いお店の中にいて、カウンターにひじをついてよりかかっていて、その向かいには歳取ったヒツジが、安楽いすにすわって編み物をしていて、ときどき手をやすめて、おっきなめがねごしにアリスをながめるのです。


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