No.36

 でも白い紙の服の紳士が身をのりだして、アリスの耳にささやきます。「みんながあれこれ言うのは気にしなさんな、お じょうちゃん。でも列車が止まるたびに、戻りの きっぷを買うこと」

 「そんなことするもんですか!」とアリスはちょっとプリプリして言いました。「あたしはそもそもこの鉄道旅行には入ってないのよ――さっきまで森の中にいたんだから――できたらそこに戻るつもりよ」

 またさっきの小さな声が耳元で言います。 「 いまのも だじゃれにできるよね。 森 に戻るつ もり 、なんちて」

 「そんなにからかわないで」アリスは声がどこからきているのか、あたりを見回しましたが、何も見あたりません。「そんなにだじゃれが好きなら、自分で言えばいいじゃない!」

 小さな声がすごく深いため息をつきました。明らかに とっても 不幸で、アリスとしても何かなぐさめるようなことを言ったでしょう「ただし他の人みたいにため息をついてくれてればね!」とアリスは思いました。でもそれは実に見事に小さなため息だったので、ごく耳元からきたのでなければ、完全に聞きのがしていたでしょう。その結果として何がおきたかというと、耳をすごくくすぐって、そのせいでかわいそうな生き物の不幸のことを、アリスはすっかり忘れてしまったのでした。

 小さな声は続けます。 「きみは友だちだよね。だいじな友だち、昔からの友だち。そしてぼくをいぢめたりしないよね、ぼくが 昆虫には ちがいなくても」

 「昆虫って、どんな昆虫なの?」とアリスはちょっと心配そうにたずねました。実はほんとうに知りたかったのは、それが刺す昆虫かどうかだったのですが、そうきくのはちょっとお行儀が悪いかな、と思ったのです。

「え、だったらきみは――」 と小さな声が言いかけたところで、機関車からの甲高いきしり音でかき消されてしまい、アリスも含め、みんなびっくりして飛び上がりました。

 


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