No.66

  「 このわたしに どうやって止めろと?」と羊。「あんたがこぐのをやめたら、勝手に止まりますよ」

 というわけで、ボートはそのまま流れをただようままにほうっておかれ、やがてゆらゆらと、風にそよぐトウシンソウのしげみに入り込んでいきました。そして小さなそでが注意深くまくりあげられて、小さな腕がひじまでしげみに差しこまれて、トウシンソウをなるべく根っこ近くで折り取ろうとするのでした――そしてしばらくアリスは、ヒツジのことも編み物のこともすっかり忘れて、ボートのふちから身を乗りだして、もつれた髪の先だけが水にふれています――そして目を熱心に輝かせながら、一束、また一束と、愛らしくかぐわしいトウシンソウをつんでゆくのでした。

 「ボートがひっくりかえらないといいんだけど! あら、あそこのがすごくきれい! でも、ちょっと手が届かない」とアリスは考えます。そして確かに、それはちょっと頭にくることではありました(「まるでわざとやってるみたい」とアリスは思いました)。ボートがただようにつれて、きれいなトウシンソウはいっぱいつんだのですが、でも手の届かないところに、いつももっときれいなやつがあるのです。

 「いちばんきれいなのが、いつもちょっと遠くにあるのね!」とアリスは、とうとうあまりに遠くに咲いているトウシンソウの頑固さにため息をついて申しました。ほっぺたを赤くして、髪と手からは水をポタポタたらしながら、アリスはまたもとの場所に戻ると、見つけたばかりの宝物をならべはじめました。

 そのときには、つんだ瞬間からトウシンソウがしおれだし、香りも美しさもなくしつつあったなんてことは、アリスにはまるで気にもなりませんでした。本物のトウシンソウだって、ごく短時間しかもたないのです――そしてこれは、夢のトウシンソウだったのですから、アリスの足もとで束になって転がるうちに、ほとんど雪みたいにとけてしまうのです――でも、アリスはほとんど気がつきもしません。ほかにいろいろ不思議なことで頭がいっぱいだったのです。

 ちょっと先に進んだとたん、オールが水の中でつっかえて、どうしても出てこようとしません(とアリスは後になって説明いたしました)。その結果として、オールの握りがアリスのあごにあたって、そしてかわいそうなアリスが何度か「あらら!」と叫んでも、そのままアリスは座席から投げ出されて、トウシンソウの山に埋もれてしまいました。

 でも、けがはなくて、アリスもすぐに起きあがりました。ヒツジはその間、ずっと編み物を続けています。なにごとも起きなかったかのように。「なかなかたいそうなカニをつかまえたねえ!」もとの場所にもどって、自分がボートから投げ出されなくてほっとしているアリスに向かって、ヒツジは申しました。


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