No.59

「逆回しで生きてるとそうなっちゃうんですよ」と女王さまは優しく申します。「最初はみんな、ちょっとクラクラするみたいで――」

 アリスは驚きのあまり繰り返しました。「逆回しに生きる! そんなの聞いたこともないわ!」

 「――でも大きな利点が一つあって、それは記憶が両方向に働くってことなんでございますよ」

 「 あたしのは ぜったいに一方向にしか働きませんけど。何かが起きる前にそれを思いだしたりはできないから」とアリスは申します。

 「うしろにしか働かないなんて、ずいぶんと貧弱な記憶でございますわねえ」と女王さま。

 「じゃあ 陛下は 、どんなことをいちばんよく覚えてらっしゃるんですか?」アリスはあえてたずねました。

[イラスト: 再来週の伝令は牢屋の中]

 「ああ、再来週に起こったことですわねえ」と女王さまはあたりまえのように申しました。そして、おっきな 絆創膏(ばんそうこう) をゆびに巻きつけながら続けます。「たとえばいまなんか、王さまの伝令のこととか。牢屋に入れられて、罰を受けているんでございますよ。裁判は来週の水曜まで始まらないし、もちろん犯罪はいちばん最後にくるし」

 「でも、その人が結局犯罪をしなかったら?」とアリス。

 「それは実に結構なことではございませんの、ねえそうでございましょう?」と女王は、ゆびの絆創膏(ばんそうこう)をリボンでしばりました。

 アリスとしては、確かに それは 否定できないな、と思いました。「確かにそれは結構なことかもしれないけれど、でもその人が罰を受けたのは、ちっとも結構じゃないと思う」

 「なにはともあれ、 それは 大まちがい。あなた、罰を受けたことは?」と女王さま。

 


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